JRAがいち早く採り入れたイノベーションとは?

疾走する競走馬

コロナ禍にありながら、令和2年(2020年)上半期の上半期のJRAの売上は驚くべきことに+1.5%とプラス成長を記録しました。この秘密は1990年代初頭に取り入れたネット投票の仕組みにあります。このイノベーションは非常時においてよりその強さを発揮することを証明しました。これをイノベーション創出4ステップアプローチに当てはめて考察します。

こんなところにイノベーションが!

皆さん、こんにちは。
イノベーションの伝道師、中小企業診断士の米本幸平です。

このブログを皮切りにイノベーションについていろいろな切り口から、皆様にとって有益な情報を伝えて参ります。

プロフィールの趣味の欄に書かせていただきましたように、私は競馬が大好きです。
「いきなり趣味の話か?!」
ご心配なく、競馬そのものの話は一切いたしません。今回は、日本の競馬の最大の主催者であるJRA(日本中央競馬会)が採り入れたイノベーションのお話です。

ご承知のように、未曾有のコロナ禍でレジャー産業は大打撃を受けました。ドル箱の観光業はもとより、コンサートやライブハウスなどの音楽関連、さらに観客を入れて行う野球やサッカーなどのプロスポーツなど、感染防止の観点から中止や無観客開催あるいは観客数限定での興行を余儀なくされています。

競馬も令和2年(2020年)2月29日より無観客開催を続けており、一部の地方競馬場を除いて同年10月4日まで無観客での開催が決定しています。
このような中、令和2年(2020年)上半期(1~6月)のJRAの売上は前年比+1.5%と伸長しています。
何故、無観客にもかかわらず売上を伸ばしているのか?これは1990年代初頭にJRAが採用したイノベーションに起因します。

巨大なレジャービジネスであるJRAとは

まずは、JRAとはどのような組織なのか、売上の推移と共に見てみましょう。

JRAはこんな組織

JRAは農林水産大臣監督下の公共性の強い特殊法人です。ほぼ毎週土日(年に数日は祝日など土日以外の日にも開催)に競馬を開催しており、運営する競馬場は全国に十か所あります。

令和元年(2019年)の売得金額(一般企業の売上にあたる馬券の販売金額)は約2兆8,800億円です。このうち約10%が国庫納付金として国に納められます。約3,000億円の納付金がありますので、国にとっても重要な事業と言えるでしょう。ちなみに75%は馬券購入者への払戻金に充てられ、残り15%がJRAの運営費となります。

かつては4兆円を超える売上を誇った

今でも3兆円に迫る売上を記録し巨大なレジャービジネスと言えますが、かつてピーク時の平成9年(1997年)には売上が4兆円にも達していました。
しかし、その年を境に売上は右肩下がりとなり平成23年(2011年)には約2兆3,000億円とピーク時の57%となってしまいました。
平成24年(2012年)から再び回復基調となり昨年まで8年連続でプラス成長となっています

ジェットコースターのような売上推移ですが、この間JRAは手をこまねいていたわけではなく、若年層の取り込みのために若い俳優、タレントを起用したTVCMを流したり、競馬場でも様々な集客のためのイベントが毎回開催されていたりしました。

競馬場への入場人員数は横ばいだが参加人数は増えている

JRAが発表するデータを眺めてみて面白い現象に気づきました。

売上が再び右肩上がりに転じた平成24年以降の「総参加人員」と「開催場入場人員」の推移を見ると、入場人員は約600万人強で横ばいなのに対し、総参加人数は約1,600万人弱だったものが、直近では約1,800万人強まで増えていました。

これは、競馬場に来場せずに馬券を購入する人が増えていることを意味します。実際、2019年末のJRAネット投票会員数は約445万人で前年比6%増。会員数の伸びと売上の伸びが見事に一致していました。

JRAネット投票の仕組みとはいったいどういうものか?

競馬場に行かなくても馬券が購入できるネット投票とはどのような仕組みなのでしょうか?

古くは電話投票と呼ばれていた

JRAが電話投票と呼ばれるシステムを導入したのは昭和49年(1974年)でした。これは文字通り電話投票窓口に電話をかけてオペレーターとの会話を通じて購入するものでした。

次に登場したのがプッシュホンで音声ガイドに従って投票内容を入力するという方式でした。これらの電話投票システムは今でもサービスは継続しています。これがネット投票システムのことをいまだ正式には「電話・インターネット投票」と呼ぶ所以ではないかと思います。

PAT方式の登場で格段に便利になった

平成3年(1991年)にPAT(Personal Access Terminal)方式が登場し、いよいよパソコンでの投票が可能となります。インターネットが隆盛となるのはもう少し後のこと。当時はパソコン通信と呼ばれるモデムを電話回線につないで通信するシステムでした。パソコン以外にもファミコンやその他の端末でも投票できました。
私が初めてネット投票会員になったのが平成7年(1994年)で、投票の度に電話回線で通信を行うので接続、切断を繰り返し電話料金がそこそこかかったことを思い出します。

平成13年(2001年)にはインターネットでの投票が可能となり現在に至っています。かつては投票用に専用口座を開設する必要がありましたが、今では手持ちのJRA指定銀行口座があれば申し込んだその日から馬券が購入できる「即PAT」もあり誰でも手軽にいつでもどこでも競馬を楽しめるようになりました。

JRAネット投票をイノベーションの公式に当てはめてみる

では、このJRAネット投票の仕組みをイノベーション創出4ステップアプローチに当てはめてみましょう。

Step1:変革のドライバー(新しい現実や世の中の変化)は何か?

JRAがPAT方式を採り入れた平成3年頃はどんな世の中だったでしょうか?
この時代、バブルが弾けかけていて不況の影が忍び寄っていました。JRAの売上、競馬場への入場人員はともに伸びていましたが、早晩頭打ちになることが予測できます。

インターネットはまだ登場していないものの、携帯電話が普及し始めパソコンも一般家庭に徐々に浸透しつつありました(ちなみに私は馬券購入のために初めてパソコンを購入しました)。
このあたりにイノベーションの芽が吹いていたのかもしれません。

Step2:お客さんは誰かを考える

当時、競馬を楽しみたい、馬券を買いたい人にとって競馬場か「WINS」と呼ばれる場外馬券売り場に行かなくては原則馬券は買えませんでした。
全ての都道府県に競馬場やWINSがあるわけではなく、「馬券を買いたくても買えない」潜在的な新規のお客さんが存在していたことは想像に難くありません。また、競馬場やWINSで購入していた既存のお客さんも「用事があって競馬場に行けないときでも馬券を買いたい」というニーズもあったでしょう。
お客さんは既存顧客と新規顧客ということになりますね。

Step3:お客さんの無意識の問題を考える

「馬券は競馬場かWINSで購入するものである」
これが当時の常識であり、その他の方法で購入することなど思いもつきませんでした。つまりお客さんにとっては問題には無意識だったと言えます。

最初にJRAが電話投票のシステムを採用した目的は、犯罪であるノミ行為(ノミ屋と呼ばれる私設馬券屋が馬券を販売すること及びそこから購入すること)を防止することにあったと言われています。今考えると、「なぜノミ行為をしてしまうのか?」という点を突き詰めれば真のお客さんの問題に行き着いたかもしれません。

「競馬場やWINS以外のどこにいても馬券を購入したい」
「競馬場やWINSに行けないときでも手軽に馬券を購入したい」
「競馬場やWINSに行くのは面倒だから家で馬券を購入したい」
お客さんの無意識の問題はここにありました。

Step4:問題の解決策を考え実行する

パソコンがやっと一般家庭に浸透し始めた黎明期、インターネットも未発達の時代に、いち早く通信による馬券購入という当時としては画期的な解決策を世に出したJRAは、現在のネット社会の隆盛が見えていたのでしょうか?

「馬券を買いたいと思っているが買いたくても買えない多くの人に競馬を楽しんでもらいたい」
「既存の競馬ファンにも馬券購入の機会を増やしたい」
JRAにそのようなビジョンがあったかどうかわかりませんが、「ネット投票が定着していたこと」が結果としてコロナ禍のような危機的状況においても、プラス成長を記録する遠因となったことは間違いないです。
馬場入場するマシュマロ

さいごに

昨年末時点で、JRAの全売上に占めるネット投票の割合は約70%でした。今年上半期の売上がプラスということは、新規ネット投票会員が増えたことに加え既存会員も購入金額を増やしたことが伺えます。競馬未経験者が未だ制限のある他のレジャーから移ってきた可能性もあります。

強固なイノベーションは非常時においても通用します。
皆さんも世の中、そして社内で起こっている当たり前、常識を少し疑ってみることから始めてください。それが大きなイノベーションにつながるかもしれませんよ。

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